韓国論考

なぜ、韓国はどこでも人があふれているのか?

世界的にも珍しい木造五重アーチ橋である岩国市の錦帯橋です

韓国の方々を連れて、日本の山口、広島の名所を案内しながら、行く先々で日本と韓国の文化の違いを講義するという研修ツアーを行っていますが、今回は日本の修学旅行シーズンということらしく、特に宮島と広島平和公園では、日本の子供たちと大勢遭遇しながら、特に韓国の年配の方々が「かわいい、かわいい」と大喜びしています。

外国人が選ぶ日本の観光地のNo.1によく選ばれるのが宮島であり、その次が広島平和公園ですが、そういうこともあって、いつもは日本人よりも外国人を多く見物するようになってしまうものなのですが、今回は子供たちではありますが、日本人とたくさん出会えて、皆とっても喜んでいますよね。

●韓国人がすぐ顔の話をする理由

基本的に韓国の方が日本に来て驚くのは、日本人が通りにあまりにも少ないということです。そして日本の家はどれも昼間からカーテンを閉め切っているように見えるので、いったい中で何をしているのか?などといいます。車は多くても、通りを歩いている人があまりにも少ないので、皆、「ここのお店たちはどうやって食べているんですか?」と心配でたまらないという表情で尋ねてきます。逆にヨーロッパの教授などを連れて韓国を案内すると、彼らが「韓国人は道端に住んでいるのか?」と尋ねてくるくらい、韓国人は朝早くから夜遅くまで、通りを行ったり来たり、行ったり来たりしています。

その理由はたった一つ。人に「会いたい」という気持ちを抑えられないからです。韓国語では、人を恋しがる時は日本のように「会いたい」とはいわず、「見たい」といいます。「会いたい」だと、まだまだ距離が遠く、用事でもあるみたいだし、「目の前に顔が現れてほしい」という衝動が表現できないからです。すなわち、「見たくなる」ので、韓国人はいつも行ったり来たり、行ったり来たりしているわけです。

そして出会った時には、「パンガプタ」といいます。これは日本にはない言葉なので、「会えて嬉しい」などと訳しますが、実際はそういう礼儀正しい思いではなく、「見たい、見たい」と思っていた顔が目に映った瞬間の慕わしさの爆発を表現したものです。

そのため、困ったことに韓国人は、その慕わしさを表現するために、けっこう会った瞬間にすぐに「顔」の話をします。「顔がよくなった」、「顔が疲れている」、「顔が丸くなった」、「顔が半分になった」、基本的には嬉しさゆえによく見えるので「よくなった」というのがふつうですが、どちらにしても顔のことを話題にされると私たち日本人はびっくりしますよね。

最近はそれが社会的に問題視されたりもして、「顔のことはいわないように」と気を使うようにもなっているのですが、まだいう人はいいます。でも悪気ではなく、外見ばかり見ているということでもなく、この場合は整形文化などともまったく関係なくて、その「見たかった」人をその目に「見た」瞬間の印象が嬉しくて、その「人間=家族」の家族的情で相手に干渉してしまうわけです。

●人生は「行って来て食べて寝て」

私も年齢を重ねてみると(たいした年齢でもないですが…)、結局人生というのは、「行って、来て、食べて、寝て」だなあということを感じます。それはつまり、慕わしい顔が見たくて行き、慕わしい人が私の顔を見に来て、そうして出会えば一緒に食べて、泊まっていけといわれて一つ屋根の下に寝るということ。それを重ねていくこと以上の喜びはないということですよね。私も日本にいる時はわりと一人が好きな人間だったと思うのですが、韓国生活が長くなって、こんなふうに韓国の方々が嬉しそうに行く先々で情を交わし、大騒ぎして食べ、寝る時も、昼間が旅行第1部なら、夜は旅行第2部といわんばかりに夜遅くまで語り合っているのを見ていると、これこそおそらく人生の喜びを圧縮したものなんだろうなあと思います。

今回、日本の観光バスのベテラン運転手さんと多く話ができたのですが、「日本人の昔の『慰安旅行』の羽目の外し方はもっとすごいもので、それを経験しているから韓国の団体旅行のにぎやかさなどはぜんぜんたいしたことないですよ」といわれていました。それを聞いて、私たち日本人も昔はそうだったのに、どんどんおとなしくなって、羽目を外さなくなって、人に気を使ってカーテンを閉め、家からも出なくなって、それでこんなに通りに人が少ないのかなあ、と少し寂しくなったりもしたものです。

参考までにその運転手さんは、韓国が大好きということで、家族でよく韓国旅行に行くそうですが、なんと昨年末には「本場の安東チムタクを食べに安東まで行ってきた」という、私もやったことがないことをしていらっしゃるたいへんな韓国通の方でしたね。

槍倒しの松この槍倒しの松がどうして橋の上じゃなく横にあるのか、ずっとなぞだったのですが、今回、地元ガイドの方に聞くことができました。1950年に流されて復元された時に位置が少しずれてしまったからということでしたね。

山口市の瑠璃光寺の国宝五重塔です。

夜を過ごした下関の海峡ゆめタワー。

遠くに関門橋が見えます。

ここは昔から韓国への出口と日本への入口であり、多くの涙と喜びの出発点でもあります。

今回は飛行機でしたが船の旅もいいですよね。

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武藤克精

日韓比較文化学専門家/ 文化交流コーディネーター/ 日韓未来ハートタンク代表/ サムスン人力開発院講師/ 『サランヘヨ・ハングンマル』編集長

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