日韓文化コラム

お正月に韓国の「孝」の世界を考えてみる!

お正月のお供え

先祖に餅を捧げるのは茶礼床上のトッククとして先祖をおもてなす形となります。

●「孝道」思想に基づくお正月

韓国は今日で、お正月連休も終わり。今日までは日本でいえば三が日なんですが、実際には大晦日と正月2日までの三日間が祝日なので、今日はただの日曜日ですね。

ということで、今日はお正月を例に、韓国の文化について考えてみようと思います。

もちろん、基本的にはそれは日本と本当によく似ています。たとえば、餅の入った汁物を食べるのも日韓に共通だし、そのお餅がその年の福と結びついた意味があるのも同じだし、日本では神棚に祀りますが、韓国では先祖に餅を捧げたり、そういうのも共通しています。

でももしわずかな違いがあるとすれば、それは、韓国では「孝道」という親孝行の思想が、その目に見えない先祖や神と私たちの中間に色濃く介在しているということでしょうか。

韓国で、こういう正月や秋夕などの名節や、先祖の命日に先祖を祀るのは、あくまでも「父母にとっての父母」であるからです。それは「父母に仕える」という延長にあるのであって、それもまた「孝」なわけですよね。

韓国では祀るべき先祖は、全部ではなく、必ず4代上までということになっています。記憶に残り、語り継がれる範囲、父母の父母、その父母、その父母であって、結局は、孝の対象としての「父母」として仕えているわけです。

つまり韓国では、お正月や秋夕は、結局は父母に敬拝を捧げる「孝」の日だということになります。

だから帰省して先祖と父母に敬拝を捧げるということが、「孝」というこの名節の意味として絶対となり、民族大移動が起こらざるを得ないわけです。

さらに、この時ばかりは、その「孝」の道理として、「長孫」という長男の長男が、重要な中心人物として祭祀長の役割を持つようになるし、それゆえに息子が貴くならざるを得ないということもあります。

●「孝」にまつわる地名が多い

では、その韓国人をここまで動かしている「孝」の道理、「孝道」とは何なのでしょうか。

韓国では、各地域ごとに、親孝行の価値を称える地名や記念碑があります。私が住む町内も「双門洞」といいますが、ここもまた予想にもれず、親孝行を記念した地名でした。その由来を記した石碑を、朝の散歩の時に発見したわけです。

いわく昔々、この地に鷄聲(ケ・ソン)という人が住んでいたが、妻と共に病気で亡くなってしまった。すると、その息子が、早くに父母を同時になくしたことを自らの大きな不孝として悔い入り、父母の墓の横に穴蔵をつくって何年もの間、そこに住みながら祭祀を捧げた。そうして最後は本人が体を壊して亡くなってしまった。その貴い孝を村の人々が称えて、二つの孝子門を立てて供養したので、ここが「双門」洞となった、というわけです。

ちなみに、山の上などの人里離れた所にあるお墓の横に仮の庵を結んで、そこで3年間、祭祀をして暮らすのは長男の役目であり、それを「三年喪」といいました。その間は肉や酒を断ち、服も着替えず罪人として暮らします。現代ではさすがに「心喪」といって、心でだけそれを行うことになってますが。

このように韓国では、地域や国家が誰かの「孝」を称えて、そこに記念碑を立て、褒美を与えたり、税金を免除したりということがよくあったので、韓国全国にとにかく「孝」の入った地名も多くなるし、実際、そのものズバリをいった「孝子洞」も多いわけです。

ご存知、ソン・ガンホさん主演の映画『孝子洞の理髪師』で有名なのは、ソウル鍾路区の孝子洞ですが、冬ソナの舞台である江原道の春川市にも、全州ビビンパで有名な全羅北道の全州市にも、ポスコ浦項製鉄で有名な慶尚北道の浦項市にも、はたまた、おしゃれなソウルのベッドタウンである京畿道の高陽市にも、同じように「孝子洞」があります。理由は簡単で、そこで有名な孝行息子が生まれたからですよね。

それで、各地の由来を調べていくとそれぞれに面白いんですが、その中から今日はソウルの孝子洞の由来をご紹介します。

●ソウルの孝子洞の由来とは?

昔々、その地に住んでいたある夫婦が、毎日、働きに出なければならないため、昼の間、幼い息子を家にいるお祖父さんに預けていたそうです。

幼い孫はお祖父さんにとてもよくなつき、お祖父さんも孫がかわいくてしょうがありませんでした。でも、夜になると息子夫婦が帰ってきて、孫は息子夫婦のもとで眠ることになります。

ある日、お祖父さんは、それが寂しくなって、昼間、あれだけなついているのだから、一晩くらい自分と寝てもいいのではないかと思って、息子夫婦にそれをいいました。孝行心の厚い息子夫婦は「もちろんですよ、お父さん」ということで、幼い子供をお祖父さんの所で寝かせました。

ところが、お祖父さんが初めて子供と寝たためと子供があまりにも幼かったため、不幸なことに、お祖父さんは寝ている間にあやまって孫を窒息死させてしまったのでした。

朝になって、子供が動かない。お祖父さんは愛する孫を死なせてしまった悲しみと、息子夫婦に対する申し訳なさで言葉も出ない。嫁はもちろん、愛する子供を失った悲しみがたいへんなものでありながら、同時に、孫を愛していたお義父さんが自らの過ちでそれを死なせてしまったことで受けている衝撃を思うと、これまた言葉も出ずに絶句するのでした。

その時、すべての事情を知った子供の父親である夫が、突然、死んだ息子を力いっぱい引っぱたいたのです。

「この親不孝者の息子よ!お祖父さんの心も知らず、なぜ死んでお祖父さんの胸を痛めたのかーっ!!」

その瞬間、何が起こったのでしょうか。あまりにも容赦なく力いっぱい頬を引っぱたかれた孫は、その衝撃で突然、咳き込むと、そのまま息を吹き返したのでした。三人とも腰を抜かして驚きながら、その時になって初めて、大声を上げて泣きました。

この出来事のことを聞いた人々は、その時に、息子を失った自らの悲しみに打ち勝って、父親に対する孝心に立ち切った夫の「孝」に天が感動して奇跡を起こしたのだ、といいました。

その話はたちまち当時の王様のもとに伝わり、王様はその夫婦の高い孝を称えるとともに、彼らが暮らすその土地の名前を「孝子洞」と変えたというのです。

●人間が人間たるゆえん

この話は、実は、韓国の「孝」の典型的な世界を表しています。すなわち、子供を思う愛よりも、親を思う孝のほうを優先させるということです。

私たち日本人には、その両方の価値は同じ次元ではないかと思うし、むしろこれから生きるべき年月を思うと、老いた親の命よりも子供の命の価値のほうを重く考えがちです。そのため、多くの韓国のこのような孝行譚は、私たち日本人には一見、理解しがたく感じたり、時には嫌悪する話にもなってしまいます。(実際、韓国の昔話には文字通り子供を殺して祖父母を助けようとするという話もあり、結末は必ず奇跡が起こって子供も助かり、皆幸福になるんですが、それでも、日本人には疑問が残る話ですよね)

実際、それは自然界の法則を見てもそのようであり、動物ですら本能で、親よりも子供を優先しているのが分かります。そしてご存知のように、本来、そのような親としての本能的愛が、どの国民よりも強烈なのが韓国人であるということも確か。

しかし、この国の「孝」の世界は、だからこそ、人間はその逆を行うべきなんだというわけです。韓国人がよくいうのは、「子供を愛することは動物でもする。親に孝行ができるのは人間だけだ」という言葉です。

別の言葉でいえば、それは結果ではなく原因の価値に生きるということだといえるでしょう。すなわち、人間だけが、天を重んじる価値、先祖を重んじる価値、父母を重んじる価値という、動物にはない原因の価値に生きることができる、だからそれこそが人間が人間たるゆえんであり、それを「孝」というのだというのです。

そして、そのようにそれが原因の中の原因である「天」につながっているために、人間が本能に打ち勝って「孝」の価値を重んじる時に、天がそれを喜んで人の間に奇跡を起こし、本人やその子孫が必ず天から福を受けるようになる、というふうにいうわけです。

それで、韓国人はその人間が人間たる「孝」のために、お正月と秋夕には親のもとを訪ねて敬拝を捧げるのであり、忙しい現代人が最近では、祭祀で捧げる食べ物を手軽にネットで注文したとか、はなはだしくは、海外旅行先からネットを通して祭祀を捧げたなどの話がときどき大きなニュースとなっては、「ふとどきもの」として悪口をいわれているわけです。(それでも私なんかは、海外旅行先でコンピューターの画面に敬拝を捧げたなんて、それはそれである意味、偉い「孝」であるようにも思いますけどね。

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武藤克精

日韓比較文化学専門家/ 文化交流コーディネーター/ 日韓未来ハートタンク代表/ サムスン人力開発院講師/ 『サランヘヨ・ハングンマル』編集長

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