日韓文化コラム

韓国人の『そして父になる』との出会いにみる異文化理解!

そして、父になる

昨年末に韓国で上映された『そして、父になる』。

●韓国の朝ドラは100%「血筋」テーマ

韓国のSBSで土曜昼にやっている映画紹介番組『接続!ムービーワールド』で、昨年の大ヒット日本映画『そして父になる』(是枝裕和監督)を紹介しているのを見ながら、日韓の文化の違いが実によく感じられました。

私自身が昨年末、韓国の映画館で『そして父になる』を観た時には、「本当にステキな映画だった」という感想でした。ストレートにその演出のうまさ、子役を含めて演技のすばらしさに感動し、主人公の福山さん演じる「リョータ」に感情移入してしまって、自らの息子との関係をそこに見ることすらしました。そうなのですが、でも確かに韓国に長く住んでいる者として、どこかにまた違和感を感じていたのも事実でした。

考えてみれば、育てていた息子が実は他人の子と病院で入れ替わっていたということが分かる、というこの題材ほど韓国的なテーマはありません。私も妻が朝のドラマを見る時に仕度をしながら横目で見ていますが、「またこの話か!」とため息が何度も出るほど、韓国の朝ドラは100%「その話」、すなわちテーマが「血筋」の話なのです。

息子が入れ替わっていた、隠していた娘がいた、貧しい自分が実は大企業の会長の娘だった、記憶を失って自分が誰か分からなくなっていたが実は…。自らの血筋と血筋じゃないものとのせめぎ合い、それが韓国人が最も感情移入して感動を感じるテーマであるわけです。

この『そして父になる』はまさに韓国人の心情にドストライクな作品であるわけですが、ところが、そこに表わされる感情の量や質が、日韓では決定的に違うということになります。『接続!ムービーワールド』で、韓国人がこの映画を観ながらどのように感じるかを目にして、はっきりいって最初はぶっとびました!韓国人が真っ向から日本映画に衝撃を受けている、赤裸々なカルチャーショックの過程がそこにあったからです。

それと共に、そのような韓国人の感覚が、じょじょに日本人の感覚を理解しようとするようになり、そこに韓国人にはない、違いによるある種の「深さ」と出会って、最後に静かに共感している、そのような流れがあったのでした。それはまさに異文化理解の「好奇」→「違和」→「葛藤」→「理解」→「共有」の流れそのものでした。

●異文化との出会いと共生の5段階

異文化理解の学問でよくいうことですが、人間が異文化を理解する時には段階が5段階あって、第一番には、違いに感動する「好奇」の段階、それが過ぎると次には、「何か変だ、おかしい」という「違和」の段階、その次には激しい「葛藤」の段階が来ます。ここで葛藤をすぐに嫌悪に変えて離れてしまう人も多く、そのような人たちは基本的にその文化に対するアンチとなってしまいます。

しかし、さらにそこから付き合いを続けると、今度はそれらの葛藤を、視点を移して相手の立場に立って受け入れられるという「理解」の段階が来て、それを越えると、最後には自分もその認識を自分のものにしてしまうという「共有」の段階が来るというわけです。

韓国人と結婚して、もう人生の半分をここで暮らそうとしている私などはまったくこの最後の「共有」の段階であって、韓国文化でものを考えることもほとんど自然になっています。だから、韓国映画やドラマを観ると、私の中の韓国人的感覚を理解する部分がキャッチして消化してしまいまうし、日本の作品の場合は私の中の日本人が理解するわけですが、今回、『そして父になる』の映画を観ながら心の一片で感じていた違和感の理由を、この番組は明確に教えてくれたというわけです。

ということで長いですが、その映画紹介ナレーションを日本語に訳してみます。番組自体の映像も下につけます。この映画の感動がまた一つ増し加わるかもしれません。

*         *         *         *         *

映画が先頭を切って痛哭のナイル川に身を投げて涙をそそぎかけるのが作品の大勢。それと共に最近では、果たして生物学的父親だけが父親の唯一の条件であるのか、に対する問いかけを事新しく投げかける突発イシューまでがあった中で、およそ6年間も誠意のかぎりを尽くして育ててきた子供が、知ってみれば、病院で取り替わっていた他人の子供だったという、大勢に完璧に符合する、すさまじい涙放出型素材の映画『そして、父になる』が登場した!

しかし、いったいどうしたことか、この映画による浸水被害は報告されていない!よって私たちは今日、その原因と真相を究明すべく、『そして、父になる』の涙の水脈緊急点検に入る。

(※面接のシーン) 映画の始まりは暴風前夜、静けさそのものだ。横に座った息子が実の息子でないとはまったく知らないまま、似ている所を論じている父の姿は…、そうだ、まもなく押し寄せてくる涙の爆弾を充分に予感させる。

(※病院からの電話の話) 案の定、電話では話せない何か、という超不吉な雨雲と共に、映画は最初の痛哭チャンスに電撃突入する!

(※病院での通達のシーン) どうしたことなのか?!…誰も泣かない。はなはだしくは基準値にはるかに及ばない低いデシベルでひそひそと対話する。まさかこのまま最初のチャンスを?!…流してしまう。

むしろ「何かありました?」というように、超団欒な家族パーティーが続くだけ…。

映画はすぐに2番目の痛哭チャンスに突入する。

(※鑑定結果を読む) そうである。DNA検査結果、実の息子でないことを通告される絶好の痛哭チャンス…。

リョータ「やっぱりそういうことか…」 何だと?!たったこの一言だけ?!見守る妻に至っては、なんと台詞もない…。

再び霧散してしまった2回目の痛哭チャンス。しかし即断はまだ早い。昔から「三度目の正直」、「三国志」、「三顧草鷹」、「三振アウト」などなどの言葉もあるように、3回目のチャンス、すなわち、主人公夫婦が、取り替わった実の息子を育てる夫婦と初めて会う、その状況だけは明らかに違うだろう…。

2人から4人に増えた被害者側の数的優勢は、このすべての事態の責任者である病院側関係者たちに、バットで殴りかかるまではいかなくても、最低でも胸ぐらくらいはつかんでやる、絶好のノーマーク痛哭チャンスを大きく開いている!しかし…

相手の父「ここ、まだヤマメとかイワナが…」 ヤマメとかイワナだと?いったいどんな妄言を吐いているのか?!この天が下されたチャンスにのんびりとした台詞など口にしているなんて?!いったい何ゆえに、天も人も共に憤怒するような職務遺棄をするのか。千里馬は走りたく、観客は泣きたい…。

これ以上希望はないのか?いや、ちょっと待て。まだ一つが残っている。そうだ。実の息子との初対面という、最後の超大型チャンスがまだ残っているではないか!ところが…。

(※デパートでの両家族対面シーン)何だと?!こんなに何事もなくポロリと登場?そしてポロリと自己紹介?涙の抱擁とか…、そういうのナシ??!!

さらにカメラはこの最高の痛哭チャンスを対岸の火事のように遠くから眺めている。

いや、カメラだけだろうか。痛哭に一路邁進しても足りないはずの主演男優までも、実の息子と最大限安全距離を確保したまま、沈黙の観察に一貫し、相手方のお母さんまでも(「子供は早いわね」)天下泰平の姿勢でのんびりした台詞をいい、ヤマメにイワナがどうのといって最初から痛哭の意思を見せなかった相手方のお父さんに至っては、もはや全身を投げ打ってのギャグ…、これに主人公もまたにっこり笑って武装解除する。

さあ、ここまで来れば私たちも期待を捨てるしかない。

(※映画が進む)

…しかし、私たちは、涙が必ずしも目と頬を流れるばかりではないことを知り始める。

正されるべき間違いとだけ、あるいは消されるべき汚れとだけ考えられていた過去は、「一人の子供」であったのであり、父の目が届かない所で父に対する視線を放さなかった「一人の子供」だった。6年間の消すことができない「時間」だった。

(※リョータがカメラを見ながら泣くシーン)そして、映画は最初で最後のシーンとして、画面いっぱいに涙を流す。私たちの喉に、涙がこみ上げる時間と正確に呼応する涙を…。いつものように台詞は無心であるのだが、涙は、…深い。

そのように男は父となり、映画は涙となる…。響きとなる…。痛哭や絶叫一つなく、そのように深い川は、静かに流れる…。

日本映画『そして父になる』を紹介するSBS映画紹介番組『接続!ムービーワールド』。

 

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武藤克精

日韓比較文化学専門家/ 文化交流コーディネーター/ 日韓未来ハートタンク代表/ サムスン人力開発院講師/ 『サランヘヨ・ハングンマル』編集長

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